原爆ドームについて知る 歴史や世界遺産に登録された理由は?

日本に住んでいるなら一度とは言わず、何度も名前を聞く、原爆ドーム。

世界遺産にも登録されている原爆ドームですが、現在の形になる前はどんな建物だったのか?原爆ドームの歴史については、深く知らない方も多いのでは?

今回は、原爆ドームについて歴史や見るべきポイント、世界遺産に登録された理由などをカンタンにまとめていきます。

★原爆ドームって何?どんな建物?

原爆ドームの正式名称は、『広島平和記念碑』です。日本に投下された原子爆弾の悲惨さを現代まで伝える、貴重な被爆建造物とされています。

「二度と同じ悲劇を繰り返してはならない」という願いと戒めから、負の世界遺産と呼ばれているのも有名な話ですね。

そんな原爆ドームが、かつてはなんのための建物だったのか どんな歴史を持っているのかをまとめていきましょう!

・原爆ドームの歴史

設立当初の名前は『広島県物産陳列館』でした。その後、何度か改名されましたが、主な役割は広島県の物産品の陳列や販売です。

また、博物館や美術館としての役割も担っていました。

戦争が激しくなってくると、産業奨励館としての役割を廃止せざるを得なくなり、やがて土木系・材木系統制会社の事務所として使われるようになりました。

そして、ついにあの日がやってくるのです。1945年8月6日。忘れられない、忘れてはならない日ですね。

たった1発の原子爆弾によって、広島市の街の建物たちは一瞬にして倒壊しました。

産業奨励館(原爆ドームの被爆前の名称)は、爆心地からおよそ160メートルの至近距離で被爆しました。

その結果、爆風と熱線を浴びて大きく破壊され、天井からは火を吹き全焼してしまいます。しかし、爆風がほとんど上の方向から垂直に働いたため、中心部は奇跡的に倒壊を免れたのです。

当時、この建物の中にいた統制会社の職員たちは、為す術もなく全員即死してしまったそうです。

そして来たる1996年、世界文化遺産に登録されました。

全焼したにも関わらず、戦争と原爆の痛々しさと悲惨さを現代に伝えるこの建物は、その建物自体の形から「原爆ドーム」と呼ばれるようになったそうです。

・原爆ドームを訪れたら見るべきポイント

原爆死没者慰霊碑のアーチは必ず見るべきポイントでしょう。そのアーチから原爆ドームを見通すその景観は、「原爆で被爆し亡くなった方への慰霊と世界平和への願い」が表現されています。

原爆死没者慰霊碑の中央の石室には、被爆して亡くなった方の名前を記した原発死没者名簿が納められています。

その大切な名簿を雨などから守るため、屋根の部分ははにわの家型になっているそうです。

これは有名なお話ですが、石室には、

〝安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから〟

という言葉が刻まれています。

★原爆ドームが世界遺産に登録された理由とその評価について

負の世界遺産とも呼ばれる原爆ドームは、どうして世界遺産に登録されたのでしょうか?また、世界ではどのような評価がされているのでしょう。

悲しくて悲惨なあの日の事を忘れることのないように、知識として持っておくことは大切なことです。

・世界遺産に登録された理由と評価

核兵器、いわゆる原子爆弾によって引き起こされた惨状を、ありのままの形で現代に伝え続ける世界的にも唯一の建物であり、核兵器の廃絶と恒久平和の大切さを世界へ向けて訴える、他には例のない平和記念碑であることが評価されたのが、登録された理由です。

世界的に見ても、原爆ドームは平和への願いの象徴と核兵器の壮絶さを現代に伝える貴重な建造物として評価されているということですね。

この目でその時の惨状を直接見たわけではないですが、原爆ドームという存在があるおかげで悲惨で悲しい出来事であったことは伝わりますよね。

★まとめ

いかがでしたでしょうか。その他の世界遺産と違って、観光というよりは学びに訪れるという方が正しい、原爆ドーム。

時期になれば、修学旅行生が学びに訪れる定番の場所になっています。

日本人として忘れてはならない日、出来事をしかと肌で感じるためにも、知識を身につけた上で訪れれば逃すことなく原爆ドームでの学びを吸収することができるはずです。



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